バスケットボール女子日本代表の司令塔、山本麻衣選手が2025年に米女子プロリーグWNBAへ挑戦しました。
日本国内でトップクラスの実績を誇る山本選手でしたが、残念ながら開幕ロスターに残ることはできず、夢の舞台でプレーするには至りませんでした。なぜ彼女のWNBA挑戦は結果に結びつかなかったのか――以下では7つの観点からバランスよく分析し、その理由を探ります。
1. プレースタイルの特徴とWNBA戦術との適合性
山本麻衣選手は「天才司令塔」と評されるように高いバスケットIQと視野の広さを持ち、持ち味はスピードと3ポイントシュートです。
日本では素早いボール回しやアウトサイドシュートで攻撃を組み立てるスタイルで活躍してきました。しかし、WNBAの戦術傾向やディフェンスの強度とはギャップがありました。
最大の違いはディフェンスの手足の長さと反応の速さです。WNBAの選手は手の長さや反応の速さが日本人とは違う部分であり、そこへの慣れが必要でした。
実際、WNBAのプレシーズン初戦(5月2日のラスベガス・エーシズ戦)にて、山本選手は第4クォーターに数分間出場しましたが、その間に立て続けに3つのターンオーバー(パスミス)を喫しました。
トップで味方に指示を出しながらパスを出そうとした場面では、相手選手の長い腕にボールを引っかけられてスティールされ、ドライブからのキックアウトを試みた場面ではパスコースを塞がれてトラベリングを取られるなど、日本で通用していたプレーがアメリカの守備に阻まれる場面が見られたのです。
一方で、得意の3ポイントシュートについてはWNBAの選手との違いを感じておらず、実際にプレシーズンでもスティールから3ポイントを沈めて持ち味を発揮する場面がありました。
つまり、アウトサイドシュート力やバスケットIQといった彼女のストロングポイントはWNBAでも評価されましたが、パスワークや攻撃の組み立てにおいて相手のフィジカルな守備に適応する必要があったのです。
WNBAでは個人の1対1能力やフィジカルを生かした戦術が多く、日本のように小柄なガードが機動力と巧みなパス回しで活躍するには、より高度な対応力が求められました。
2. フィジカルの差:身長・体格・スピードの壁
高さやパワーの差も、山本選手にとって大きなハードルでした。身長163cmの山本選手はキャンプ参加選手の中で最も小柄であり、WNBAでは異例の小ささです。
例えばチームメイトだったマイーシャ・ハインズ=アレン選手(パワーフォワード、185cm・90kg)と並んだ姿は、まるで大人と子供のような体格差があり、WNBAにはそのようなサイズの選手が珍しくありません。
山本選手は物怖じせず笑顔でハインズ=アレン選手を持ち上げてみせ、驚かせる一幕もありましたが、コート上では自分より頭一つ大きい選手たちに囲まれてプレーする厳しさを実感したはずです。
身長差からくる視界の違い、シュートやパスコースの制限は大きく、また相手の当たりの強さにも対処しなければなりません。
山本選手はもともと3×3日本代表も経験しており、その中で鍛えたフィジカルの強さも持ち味ですが、それでもWNBAの選手たちはサイズとパワー、スキルを兼ね備えた猛者揃いです。
実際、ゴール下付近でのプレーでは高さへのアジャストが必要で、シュートをブロックされたりパスを阻まれたりする場面があったと振り返っています。
スピード面では、山本選手自身、持ち前のスピードを武器に挑みましたが、WNBAでも通用しないわけではないものの突出したアドバンテージとまでは言えなかったかもしれません。
相手のディフェンスは脚も速く反応も鋭いため、彼女のドライブやカットインも簡単には通用せず、より一層の瞬発力と判断の速さが求められました。
加えて、WNBAのシーズンは約4か月半で44試合と過密日程であり、長いシーズンを戦い抜く体力・耐久力の面でも、日本のWリーグより厳しいものがあります。小柄な選手がシーズンを通してコンディションを維持し活躍するためには、相当の頑健さと鍛錬が必要になるのです。
3. 言語の壁と異文化適応:メンタル面での課題
競技面の適応に加えて、言語や文化の壁も山本選手を悩ませました。
日常会話程度の英語力は身につけて渡米したものの、戦術理解や微妙なニュアンスを伴うコミュニケーションとなると、踏み込んだ話をするための英語力が足りないと痛感しました。
新しい環境で自分の意見を積極的に言うことにも戸惑いがあり、そのため持ち味であるはずのチームメートとのコミュニケーション能力を十分発揮できなかったと自己分析しています。
実際、山本選手はバスケ用語や戦術に関する理解は問題なくとも、コート上で味方に強く指示を出したり鼓舞したりする場面では言葉がすぐに出てこず難しさを感じたそうです。
またオフコートでも細かな業務連絡やジョークなどで戸惑ってしまうことがあり、毎日勉強と実践の繰り返しでした。
このように言葉のハンデは、プレー中の意思疎通や自信にも影響を与えます。ポイントガードというポジションはチームの司令塔としてリーダーシップを発揮する役割ですが、英語での細かなニュアンスの指示出しや味方とのメンタル面の連携構築に苦労し、持ち前のリーダーシップを存分に発揮しづらい状況でした。
もっとも山本選手は異文化への適応自体は前向きに楽しんでもいました。チームメートとも笑顔で交流し、アメリカの環境から多くを学ぼうとする姿勢を持ち続けています。
慣れない土地での挑戦も成長の糧としてポジティブに捉える強さがありました。しかし、やはり言葉と思考のギャップがプレー面に微妙な影を落とし、短期間で結果を出す上では一つの障害となったことは否めません。
4. 挑戦の経緯とキャンプの状況
山本麻衣選手のWNBA挑戦は入念に準備されたものでした。
高校時代からWNBAを目標に掲げており、高校卒業時にもトヨタ自動車でプレーするか米大学に進むか悩んだほど志は高かったそうです。日本代表として国際大会で経験を積む傍ら、オフシーズンにはアメリカに渡って個人トレーニングを受けるなど、満を持してのチャレンジでした。
そして2025年2月、WNBAのダラス・ウィングスとトレーニングキャンプ契約を結んだことが発表されます。
Wリーグのシーズン終了後の3月末に渡米し、WNBA開幕に向けたウィングスのキャンプに合流しました。トレーニングキャンプでは背番号23を託され、限られたロスター枠を懸けて他の選手たちと競争する日々が始まります。
キャンプ期間中、チームはプレシーズンゲームを数試合行いました。山本選手は先述のラスベガス・エーシズとの試合でWNBAデビューを果たし、短い出場時間ながら3ポイントシュートを決めて初得点を記録しています。
さらに5月10日(米国時間)には自身の所属するトヨタ自動車アンテロープスを招いてのエキシビションマッチ(WNBAプレシーズン)が行われ、山本選手は古巣相手に約6分間プレーして3得点・1リバウンド・1アシスト・1スティールを記録しました。
ホームのテキサス州アーリントンで開催されたこの試合では、日本から来たアンテロープスの面々と同じコートに立つという特別な経験もしています。
しかし、WNBA開幕を5日後に控えた5月11日(現地時間)、ダラス・ウィングスは山本選手との契約解除(ウェイブ)を発表しました。
約2週間に及ぶキャンプで懸命にアピールを続けましたが、開幕ロスター12名に残ることは叶わなかったのです。山本選手は自身のInstagramで契約終了を前向きに報告し、今回の経験を糧に再び挑戦を続ける決意を表明しています。
5. WNBAでの熾烈な競争環境
山本選手が挑んだWNBAの競争環境は非常に厳しいものでした。2025シーズンは新チームが1つ増えて全13チームとなりましたが、それでもNBA(30チーム)に比べれば半分以下のチーム数しかありません。
各チームのロスター枠は12名と限られており、NBAのように育成枠(ツーウェイ契約)も事実上存在しません。4か月強のシーズンをわずか12人で戦い抜くため、どのチームも「即戦力にならない選手」を抱えておく余裕がないのが実情です。
ダラス・ウィングスも開幕前にはロスターカットを断行し、山本選手と同時に2025年ドラフト全体14位指名の新人選手までも放出しました。
つまり、ドラフトで指名された有望株ですら開幕ロスターに残れないほど、チーム内の競争は熾烈なのです。
ウィングスのガード陣を見ても、エースのアリケ・オグンボワレ(オールスター級の得点源)や有望新人のペイジ・ビューカーズなど層が厚く、身長や経験で勝るライバルたちが揃っていました。山本選手はその中で果敢に挑みましたが、チームが求める役割とロスター構成の中で最終枠を勝ち取るには至らなかったと言えます。
またWNBA全体を見渡しても、日本人選手が継続的に活躍するのは容易ではありません。
これまでシーズンを戦った日本出身選手は萩原美樹子、大神雄子、渡嘉敷来夢、町田瑠唯の4名のみであり、近年では町田選手が2022年にWNBAに挑戦して1シーズン在籍しましたが、その後契約は更新されませんでした。
山本選手のチームメイトである馬瓜ステファニー選手も2023年・2024年にニューヨーク・リバティのキャンプに参加しましたが開幕ロスターには残れず、海外で結果を出すことの難しさを物語っています。
つまり、日本国内でトップクラスの選手であっても、WNBAという舞台ではポジションごとに世界中の精鋭がひしめき合う中で生き残らねばならないのです。山本選手の場合、ポイントガードという花形かつ競争の激しいポジションであったことも、ロスター定着をさらに難しくする要因でした。
WNBAではサラリーキャップ(チーム予算)や人員枠の制約から、実力のある選手ですら契約状況によっては放出されることも珍しくありません。
山本選手自身も、ロスター入りは実力だけでなく、コーチの要求やチームとの相性など様々な要因が絡むこと、そして今回ロスターから外れたのは能力不足ではなくタイミングが合わなかった結果だと理解し、WNBAキャンプのマインドセットを肌で感じていました。
実力はもちろん、チーム戦略やタイミングにも左右される世界であることが、WNBAの競争環境の厳しさなのです。
6. 日本での実績とスキルの通用度
山本麻衣選手は日本において申し分ない実績を残してきました。高校は名門・桜花学園で2年生時にインターハイ(全国高校総体)、国体、ウインターカップの三冠を達成する偉業を成し遂げ、18歳でWリーグのトヨタ自動車アンテロープスに加入後は約7年間でリーグを代表するトップガードへと成長しました。
東京五輪では3人制バスケ日本代表として戦い、翌年のパリ五輪予選期間には5人制日本代表のスタメンPGも務めるなど、国内外の大舞台を経験しています。まさに日本国内では申し分ないキャリアとスキルを持つ選手です。
そうした日本で培ったスキルがどこまでWNBAで通用したのかについては、一部は十分に通用し、一部は課題に直面したというのが実情でしょう。
山本選手自身、WNBAキャンプを経て、手の届かない世界ではないと一定の手応えを掴んでいます。
特にガードやフォワードであれば、シュート力を含めたスキルやフィジカル面で通用しないわけではないと感じていました。
実際、3ポイントシュートや俊敏な動き、チームをまとめる眼力といった彼女の武器はキャンプでも発揮され、ヘッドコーチからも高い評価を受けました。
しかし一方で、日本で無類の安定感を誇ったパスワークがWNBAの選手相手には思うように通じず、相手の腕が長く反応も早いため、パスを手に引っ掛けられないようにする必要があり、この点はもっと実戦で試したかった部分だと悔しさを滲ませていました。
日本では通用したプレーがアメリカ相手には通じない“洗礼”を浴び、慣れの必要性を痛感したことは前述の通りです。また、日本代表やWリーグで発揮してきたリーダーシップも、言語の壁や遠慮もあって十分に発揮できませんでした。
総じて、シュート力や戦術理解といったスキル面では世界で戦えるものの、身体的ハンデやプレースタイルの違いを埋めるには時間と経験が必要だったと言えます。日本での実績は山本選手に自信と挑戦権を与えましたが、WNBAという最高峰の舞台で結果を出すためにはそれ以上の適応と進化が求められたのです。
7. 関係者やメディアの評価・コメント
挑戦の結果こそ叶いませんでしたが、山本麻衣選手に寄せられた評価は決して否定的なものばかりではありません。むしろ、コーチや関係者からはその能力や順応の速さを高く評価する声が聞かれました。
ダラス・ウィングスのヘッドコーチ、クリス・コクランズ(Chris Koclanes)氏は山本選手について、非常に速くアジャストし、物覚えが早い点を評価しました。また、視野の広さ、チームを率いる能力、ポイントガードでもオフボールでもプレーできる柔軟性、そしてバスケットIQの高さを絶賛しています。
わずかな期間でチームの戦術や役割を理解し、与えられたポジションで持ち味を発揮しようとする姿勢は、コーチ陣にも強い印象を残したようです。特にバスケットIQの高さについての評価は、まさに彼女のバスケット観察眼と判断力を物語っています。
また、トヨタ自動車アンテロープスで山本選手を指導し、自身もWNBAでプレーした経験を持つ大神雄子ヘッドコーチは、プレシーズンゲームで山本選手が少ないシュートチャンスを活かして得意の3ポイントを確実に決めた点を高く評価しました。
特に、キャンプではボールがなかなか回ってこないのが普通なのに、チームメートから信頼されてパスが戻ってきてシュートを託された場面は、山本選手がチーム内で信頼を勝ち得ている象徴だと称賛しています。これは、数字に表れにくい部分で山本選手がチームメートから評価されていたことを示すエピソードです。
日本のメディアも山本選手の挑戦を連日追いかけ、彼女の奮闘を伝えました。地元紙は日本代表のベテランガードがダラスで奮闘していると紹介し、ファンもSNSを通じてエールを送りました。
結果的に開幕ロスターからは外れたものの、評価されながらも契約解除となった背景について、Number Webなどが詳細な分析記事を掲載し、今回の挑戦を次につなげる前向きな論調が多かったように思います。
山本選手自身も、契約解除はされたものの「やれる」という自信を得ることができたとコメントし、キャンプで得た手応えを強調しています。契約解除後もアメリカに残って個人トレーニングを続け、可能性がある限りアメリカにいたいと語るなど、その姿勢は非常に前向きです。
トヨタ自動車や大神HCも彼女の意思を尊重し、引き続き挑戦をサポートする意向を示しています。
ではなぜ評価されながら結果に結びつかなかったのか。
関係者のコメントやメディアの分析を総合すると、やはり僅かな期間でロスター入りに必要なインパクトを示すことの難しさが最大の理由として浮かび上がります。
山本選手は非保証のトレーニングキャンプ契約という立場上、チームに「この選手を残すために他の有力選手を外してでも契約したい」と思わせるほどの圧倒的な活躍を見せる必要がありましたが、わずか2週間ほどの中ではそこまでのアピールはできなかったと振り返られています。
評価すべき点は多々あったものの、ロスター最終枠を勝ち取るためには全ての面で期待を上回るものを示す必要があったという厳しい現実です。
挑戦は続く—得た課題と収穫を次のステップへ
以上7つの観点から分析してきたように、山本麻衣選手のWNBA挑戦が結果に結びつかなかった背景には、プレースタイルのギャップ、フィジカルの壁、言語・文化の障壁、短期決戦の難しさ、熾烈な競争環境、日本と世界のレベル差、そしてタイミングとチーム事情といった様々な要因が絡み合っていました。
それでも山本選手はこの挑戦によって多くの課題と収穫を得ています。シュート力やゲームメイクのセンスが世界に通用する手応えを掴み、逆に自身の弱点も明確に認識することができました。
どのカテゴリーでもアメリカがトップレベルであるからこそ、そこで証明したいことがあると語る彼女は、今回の経験を糧にさらなる高みを目指しています。
山本麻衣選手の挑戦は終わりではなく、これからも続いていきます。日本のバスケット界から飛び出し、誰も成し遂げていない新たな道を切り開こうとする彼女の姿は、多くのファンや後進の選手たちに大きな刺激と勇気を与えました。
その挑戦をこれからも応援しつつ、今回明らかになった課題が近い将来克服され、再び彼女が世界最高峰の舞台で輝くことを期待しましょう。
わずかな差を埋めるために必要なものを今回の挑戦で知った山本選手が、次のチャンスで飛躍してくれることを信じてやみません。

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