WNBA界に激震が走っています。キャシー・エンゲルバート・コミッショナーの退任が近いという報道に対し、リーグは9月30日、「完全な虚偽」として強く否定しました。この騒動の発端となったのは、ミネソタ・リンクスのスター選手、ナフィーサ・コリアーによる、リーグ運営への痛烈な批判声明でした。
目次
事の発端――コリアーの4分間にわたる声明
火曜日、シーズン終了後の定例インタビューに臨んだコリアーは、用意した声明文を読み上げることから始めました。その内容は、WNBAのコミッショナーを現役選手が公然と批判するという、スポーツ界でも極めて異例のものでした。
「私たちは世界最高のリーグを持ち、世界最高のファンがいます。しかし、世界最悪のリーダーシップを抱えています」
コリアーはこう切り出し、リーグオフィスの説明責任の欠如を厳しく指摘しました。彼女が特に問題視したのは、審判の質とその管理体制、そして労使交渉における姿勢です。
コリアーは2月にUnrivaledで行われたエンゲルバートとの会話を具体的に暴露しました。審判問題について尋ねたコリアーに対し、エンゲルバートは「負けた側だけが審判について文句を言う」と返答したと述べました。さらに、ルーキー給与の低さについて質問した際には、ケイトリン・クラークを例に挙げ「彼女はコート外で1600万ドル稼いでいるのだから感謝すべきだ。WNBAのプラットフォームがなければ、何も稼げなかっただろう」とエンゲルバートが発言したと明かしました。
リーグとコミッショナーの対応
コリアーの声明に対し、エンゲルバートは数時間後に声明を発表しました。
「ナフィーサ・コリアーと全てのWNBA選手に最大の敬意を払っています。私たちは共にこのリーグを変革するために懸命に働いてきました。私の焦点は、選手とWNBAの明るい未来を確保することであり、ゲームをさらに向上させる方法について協力していくことです。ナフィーサが私たちの会話とリーグのリーダーシップをどのように特徴づけたかについて落胆していますが、私たちの視点が異なる場合でも、選手とこの仕事への私のコミットメントは揺らぐことはありません」
しかし、この声明だけでは事態は収まりませんでした。スポーツ・ビジネス・ジャーナル(SBJ)が同日、「複数の関係者によると、エンゲルバートは現在進行中のCBA交渉終了後に、NBA及びWNBA内部からの圧力により退任する可能性が高い」と報じたのです。
SBJの情報源の一人は、エンゲルバートの現状について厳しい評価を示しました。
「彼女は人々とつながることができていない。その仕事に必要な、チームや選手との関係構築ができていません。彼女は非常に優秀なビジネスパーソンであり、リーグの成功の多くは彼女の功績だと思います。しかし、コミッショナーには、すべての関係者に届くパーソナリティの要素が必要です。彼女にはそれが欠けていると思います」
この報道を受け、WNBAの広報担当者はSBJに対し、情報源のコメントは「完全に虚偽である」と述べましたが、エンゲルバート本人からの追加声明はありませんでした。
背景にある審判問題と労使対立
今回の騒動の背景には、プレーオフ期間中に起きた審判をめぐる一連の問題があります。ミネソタ・リンクスとフェニックス・マーキュリーのセミファイナル第3戦で、コリアーが激しいコンタクトを受けて負傷した際、審判はファウルをコールしませんでした。この判定に激怒したリンクスのシェリル・リーブHCは試合後、審判とリーグの運営を「まったくのmalpractice(医療過誤)」と痛烈に批判し、1試合の出場停止処分を受けました。罰金額は、コーチまたは選手に科される個人罰金としてはリーグ史上最高額の15,000ドルと伝えられています。
リーブの不在とコリアーの負傷により、リンクスは第4戦を81-86で落とし、マーキュリーにシリーズ敗退を喫しました。レギュラーシーズンで圧倒的な強さを見せていたリンクスにとって、あまりにも不本意な幕切れとなりました。
コリアーは声明の中で、審判問題がリーグ全体の課題であることを強調しました。
「リーグには、CBAにおいて選手に正当な報酬を払えない理由として使っているバズワードがあります。それは『持続可能性』という言葉です。しかし、本当に持続不可能なのは、審判がゲームのコントロールを失っているのに、良い製品(試合)をコート上に維持しようとすることです。ファンは毎晩それを見ています。勝っているコーチも負けているコーチも、試合前と試合後のメディア対応で毎晩それを指摘しています。それなのにリーダーシップは罰金を科して見て見ぬふりをするだけです。ゲームに関わる全員が修正を懇願している問題を無視しているのです。それは怠慢です」
労使交渉の行き詰まり
現在のCBAは今シーズン終了時、つまり10月31日に期限を迎えます。しかし、交渉は難航しています。インディアナ・フィーバーのレキシー・ハルとラスベガス・エーシズのチェルシー・グレイは、火曜日の時点で「双方は何一つ合意に達していない」と明かしました。
コリアーはWNBA選手会(WNBPA)の副会長であり、交渉の中心メンバーの一人です。彼女の今回の声明は、選手側の不満が限界に達していることを示すものでもあります。
選手たちが特に求めているのは、給与の大幅な引き上げと収益分配構造の改善です。WNBAは近年、メディア権契約の大幅増額や観客動員数の増加など、かつてないビジネス的成功を収めています。しかし、選手たちはその成果が適切に還元されていないと感じています。
コリアーが暴露したエンゲルバートのクラークに関する発言は、この溝の深さを象徴しています。クラークのようなスター選手でさえ、WNBAでの給与は年間約76,000ドル程度です。一方、コート外でのスポンサー契約などで1600万ドル稼いでいることを引き合いに出し、「感謝すべき」という発言は、選手たちの怒りを買う十分な理由となりました。
なお、クラークの所属するフィーバーの広報担当者は、クラーク本人がこの件について声明を出す予定はないと述べています。
選手たちの圧倒的な支持
コリアーの声明は、WNBA全体から圧倒的な支持を集めました。リンクスのチームメイトであるアランナ・スミスは、他の選手たちもコリアーが声明を読み上げることを事前に知っており、その決断を支持していたと明かしました。
WNBPA(全米女子バスケットボール選手会)も声明を発表しました。
「ナフィーサ・コリアーは優れたリーダーであり、この組合の役員です。フィーが話すとき、人々は耳を傾けます。彼女の今日の言葉が、大多数の、あるいはすべてのメンバーの感情と経験を代弁していると確信しています。リーグとチームのリーダーたちは、彼女の力強い声明に耳を傾けることで恩恵を受けるでしょう。選手たちは、たとえリーグが理解していなくても、自分たちの価値を知っています。彼女たちは自分たちのレガシーとバスケットボールの未来のために戦っているのです」
シカゴ・スカイのエンジェル・リースは「10/10。異論なし!」とSNSに投稿。シアトル・ストームのエリカ・ウィーラーは「フィー・ナショナル・ホリデー」と称賛。ロサンゼルス・スパークスのディアリカ・ハンビーは「勇気をありがとう」とコメントするなど、リーグ全体から支持の声が上がりました。
インディアナ・フィーバーのハルは、第5戦前の取材で「彼女が言ったことすべてに同意すると思います。リーグにとって本当に重要な時期であり、変化を起こす必要があります。彼女が今日その声明を出したことを本当に誇りに思います」と述べました。
エンゲルバートのキャリアと今後
エンゲルバートは2019年にWNBAコミッショナーに就任しました。それ以前は、世界的な会計・コンサルティング企業デロイトのCEOを務めていました。
彼女の在任期間中、WNBAはメディア権契約の大幅な増額、リーグ拡張の発表、観客動員数の増加など、ビジネス面で大きな成功を収めました。2024年のメディア権契約は年間2億ドル超と報じられ、従来の契約から大幅に増額されました。
しかし、今回の一連の騒動は、ビジネスの成功だけではコミッショナーの役割は果たせないことを浮き彫りにしました。選手やコーチとの関係構築、リーグ内部の問題への対応といった面で、エンゲルバートへの不満が蓄積していたことが明らかになりました。
SBJの情報源が示唆したように、CBA交渉を乗り切った後に「勝利の周回」をして企業界に戻るというシナリオが現実になるのか、注目が集まります。
WNBAの岐路
WNBAは今、かつてない成長期を迎えています。視聴率は上昇し、新たなスター選手が次々と登場し、社会的な注目度も高まっています。2026年にはゴールデンステート・ヴァリアーズが新チームとして参入する予定で、さらなる拡大が計画されています。
しかし、その成長の裏で、リーグ運営と選手との溝は深まっていました。今回のコリアーの声明は、その溝がもはや無視できないレベルに達していることを示しています。
残された時間は1か月です。10月31日のCBA期限までに、リーグと選手会が合意に達することができなければ、労働争議やロックアウトの可能性も出てきます。それは、せっかく盛り上がりを見せているWNBAにとって、最悪のシナリオとなるでしょう。
エンゲルバートの進退問題は、より大きな問題の一部に過ぎません。真に問われているのは、WNBAが選手を尊重し、彼女たちの声に耳を傾け、リーグの成長の果実を公平に分配するガバナンス体制を構築できるかどうかです。
ファイナルを控えた華やかな時期に浮上したこの問題。コート上の戦いと同じくらい、コート外の交渉も、WNBAの未来を左右する重要な局面を迎えています。
引用:sports.yahoo

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