ケイトリン・クラーク

涙の理由をめぐって全米が割れました──1万9000人が埋めたトロントで、ESPNのホリー・ロウが口にしなかった名前

 

試合が始まる前に、実況席へ向かうはずのレポーターが泣いていました。ESPNのサイドラインレポーターとして長年WNBAを追ってきたホリー・ロウが、トロント・テンポ対インディアナ・フィーバーの試合前に自らカメラを回し、満員のアリーナを映しながら涙を拭う映像を投稿したのです。「カナダで彼らが築き上げたものを見てください」という一言に、リーグ30年目の重みが凝縮されていました。ところがこの映像は、感動だけでは終わりませんでした。数時間後には、ロウが何を言わなかったかをめぐって別の議論が始まっていたのです。

1万9000席が数時間で消えたスコシアバンク・アリーナ

舞台はトロントのスコシアバンク・アリーナでした。テンポが普段本拠地としているコカ・コーラ・コロシアムでは需要をさばききれず、1万9000席を超えるNBAアリーナへ会場そのものを移して行われた一戦です。チケットは発売から数時間でほぼ完売し、当日は1万9000人以上が席を埋めました。ケイトリン・クラークにとってプロ入り後初めてのカナダでの試合という条件も重なり、開催前からSNSは「クラーク効果」という言葉であふれていました。

試合はフィーバーが101対95で競り勝ち、5連勝を決めています。クラークが24得点7アシスト、ケルシー・ミッチェルが29得点。この2人は同一シーズンにおけるデュオの20得点超え試合数でWNBAの新記録に到達しました。一方の敗れたテンポは、この一戦でプレーオフ進出の可能性が消えました。

拡張1年目のチームが、1年でここまで積み上げました

テンポは今季ポートランド・ファイアとともにリーグに加わった拡張チームです。参入1年目のチームが2万人規模のアリーナを満員にするのは、決して当たり前の光景ではありません。しかも7月のダラス・ウィングス戦では2万人を超える観客が集まり、レギュラーシーズンの観客動員記録を更新しています。長く現場でこのリーグを見続けてきたロウが、マイクを持つ前に感情を抑えられなかった理由は、この積み重ねを誰よりも知っているからでしょう。

拡張チームがリーグにもたらす効果は、勝敗表の上には現れません。テンポは今季、勝てない時期が続いてもホームの熱量が落ちませんでした。カナダにはもともと女子バスケットボール代表への支持基盤があり、そこに新しい受け皿ができたことで需要が可視化された形です。ロウの涙は、その可視化の瞬間に立ち会った人間の反応として、むしろ自然なものだったように思います。

「ありがとう、ケイトリン」と言うべきだったのか

ところがオンラインの反応は割れました。あるスポーツ系アカウントは、満員のアリーナに感動しながら「全員が見に来た当人」の名前に触れないのはWNBA報道の縮図だと投稿し、この指摘は大きく拡散しました。クラーク個人の集客力をどこまで前面に出すべきかという、リーグが2年以上抱え続けてきた問いが、また表面化した形です。

ただ、数字を並べると話はもう少し複雑になります。トロントが今季の観客動員記録を作ったのは7月のウィングス戦、つまりペイジ・ベッカーズが相手だった試合でした。カナダの需要はクラークが来る前から高く、その上でクラークの初上陸がさらに上乗せされた、というのが実際のところです。どちらか一方が正解ではなく、両方が同時に起きていると考えるのが自然でしょう。クラーク本人は試合前、自らのレガシーを問われて記録や得点ではなく、人々を一つにして競技を好きになってもらうことを挙げていました。その答えを踏まえると、涙の理由を誰か一人に帰属させようとする議論自体が、少し狭く感じられます。

今後の観戦情報

テンポは1年目でのプレーオフ進出こそ逃しましたが、カナダでの需要が本物であることは1シーズンで証明しました。来季以降、スコシアバンク・アリーナでの開催が増えるかどうかは注目点です。フィーバーは日本時間8月23日にニューヨーク・リバティ戦を控えており、東地区の順位を左右する一戦になります。

テンポとフィーバーが今季ふたたび顔を合わせる予定はありませんが、レギュラーシーズンも残りわずかです。プレーオフ圏を争うチームの一戦はいずれも消化試合になりません。トロントの1年目がどこまでの数字を残したのか、シーズン終了後に公表される最終的な平均観客動員にも注目したいところです。

引用:https://justwomenssports.com/reads/holly-rowe-crying-fever-vs-tempo-wnba/

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