WNBAの拡張チーム、ポートランド・ファイアについて、ESPNが7月15日(現地時間)に公開した特集記事が話題を呼んでいます。靴下のままの練習に、綱引き──。一見冗談のようなメニューの数々の裏には、「CLA(制約主導アプローチ)」と呼ばれる科学的なトレーニング理論があります。新設1年目のチームがリーグの常識に真っ向から挑む姿は、単なる珍しい話題にとどまらず、WNBA全体の練習文化を変えてしまう可能性すら感じさせます。
反復ドリルを全廃した新設チーム、開幕月は6勝4敗で月間最優秀コーチ受賞
CLAとは、決まった型の反復ドリルを排し、ルールの変更や短縮ショットクロック、少人数制のミニゲームといった「制約」を課した実戦形式の環境に選手を放り込み、リアルタイムの判断を強制的に引き出す指導法です。指揮を執るのは、2025年10月17日に初代ヘッドコーチへ就任したアレックス・サラマです。クリーブランド・キャバリアーズのアシスタントコーチを経てポートランドに来た英国出身の理論派で、CLAの教科書とも言える著書『Transforming Basketball』の執筆者でもあります。
Yahoo Sportsの取材によれば、練習では裸足でのシュート、つま先立ちでのシュート、さらに大きさや重さの異なるボールの使用まで取り入れられているそうです。効果は数字にも表れています。開幕月の5月を6勝4敗で乗り切ったサラマは、月間最優秀コーチに選出されました。5月9日の開幕戦は1万9335人のソールドアウトで、チームの初ホームゲームとしてはリーグ史上最多の観客動員を記録しています。
サンダーやリバプールFCも活用、それでも「全面導入」は前例なし
CLAという考え方自体は、ポートランドの専売特許ではありません。NBAのオクラホマシティ・サンダーやボストン・セルティックス、MLBのドジャース、サッカーのリバプールFCなどでも活用されてきましたし、WNBAでもケルシー・プラムを指導してきたトレーナーが取り入れています。しかし、チームの練習体系を丸ごとCLAに置き換えた例はほとんどありません。ロサンゼルス・スパークスのリン・ロバーツヘッドコーチも、多くのチームが部分的に使う中でサラマは全面導入だと指摘した上で、「彼らは非常にユニークなスタイルでプレーし、こちらのやりたいことを消してくる」と警戒しています。
サラマ自身の言葉が、このチームの哲学を象徴しています。AP通信の取材に対して彼は「リーグの他のチームを全部コピーしているなら、我々はおそらく何か間違ったことをしている」と語りました。ガードのサラ・アシュリー・バーカーも「練習が徹底的に試合そっくりだから、試合で何かを仕掛けられても既に見た場面ばかり」と手応えを口にしています。
6月は2勝5敗と失速、それでもこの賭けが「合理的」と言える理由
もちろん、順風満帆ではありません。Swish Appealの報道によれば6月は2勝5敗と失速し、ミネソタ・リンクスやラスベガス・エーシズには大差で敗れる試合もありました。ただ、エクスパンションドラフトで集めたカーラ・レイテやブリジット・カールトンら、実績よりも伸びしろを重視した編成の1年目としては想定の範囲内でしょう。しかも今季はCBA交渉の影響で、エクスパンションドラフトからWNBAドラフトまでわずか10日間という異例の日程でチームを編成しています。その条件下での序盤の健闘は、むしろ驚きに値します。
筆者の見立てでは、CLAの真価は目先の勝敗ではなく、選手の意思決定力という「見えない資産」の蓄積にあります。反復ドリルで磨いた型は相手にスカウティングされますが、状況判断そのものを鍛えられた選手は対策が困難です。若手中心にドラフトで積み上げていく拡張チームの長期戦略と、育成効果が数年単位で効いてくるCLAは、実は最高の組み合わせなのではないでしょうか。数年後、ファイアの練習場から「WNBAの新常識」が生まれていても不思議ではありません。
今後の注目ポイント
ファイアはオールスターブレイク(オールスターゲームは7月25日、シカゴのユナイテッド・センターで開催)を挟んで後半戦に入ります。裸足や綱引きで鍛えた即興力が、疲労の蓄積する夏場にどこまで通用するのか。日本からはWNBAリーグパスで全試合を視聴できますので、他のどのチームとも違う「カオスな速攻」をぜひ一度確かめてみてください。

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