NBA歴代2位の通算1335勝を挙げた名将ドン・ネルソンが、現地時間8月9日に86歳で亡くなりました。訃報を伝えたのは、自身が2度にわたって指揮を執ったゴールデンステート・ウォリアーズです。優勝経験のないヘッドコーチが亡くなったというだけのニュースには、到底収まりません。いま私たちがテレビで見ている速いバスケットボール、センターがスリーを打つ光景、ポジションの垣根が消えた戦い方。その原型のかなりの部分は、この人の頭の中から生まれたものだからです。
31シーズン、1335勝1063敗という数字の中身
ネルソンはミルウォーキー・バックス、ゴールデンステート・ウォリアーズ、ニューヨーク・ニックス、ダラス・マーベリックスの4球団で31シーズン指揮を執り、レギュラーシーズン通算1335勝1063敗を記録しました。勝率にすると約55.7パーセントです。最優秀コーチ賞は3度受賞し、31シーズンのうち18回プレーオフに導いています。
さらに際立つのが、ミルウォーキー、ダラス、ゴールデンステートという3球団それぞれで250勝以上を挙げている点です。これを達成したヘッドコーチはNBA史上2人しかいません。しかもネルソンはこの3球団すべてでゼネラルマネージャーも兼務しています。現場と編成の両方を同時に動かした指揮官という意味でも、極めて異例の存在でした。
一方で、優勝には手が届きませんでした。カンファレンス決勝進出はバックスで3度、マーベリックスで1度。ファイナルの舞台には一度も立てていません。ただし選手としては、ボストン・セルティックスで5度の優勝を経験しています。14年の現役生活のうち11年をボストンで過ごし、4人の異なるヘッドコーチのもとでチャンピオンリングを積み上げました。
ポイントフォワード、ラン・アンド・ガン、そしてRUN TMC
指導者としてのキャリアは1976-77シーズン、ラリー・コステロが18試合を終えて辞任したバックスの後任という形で始まりました。以後11シーズンを率い、7年連続で地区優勝を果たしています。
ネルソンが残した最大の発明は、いまや当たり前の用語になった「ポイントフォワード」でしょう。大型選手にボールを運ばせ、ゲームメイクを任せる発想です。そしてもうひとつが速攻を軸にしたラン・アンド・ガン、いわゆる「ネリー・ボール」でした。本人はその着想の源を、セルティックス時代の恩師レッド・アワーバックに求めています。1970年代の巨大なセンターを中心に据えるバスケットボールから、スピードと速攻に軸足を移すという発想の転換でした。
その思想が最も鮮やかに形になったのが、ゴールデンステートでのRUN TMCです。ティム・ハーダウェイ、ミッチ・リッチモンド、クリス・マリンという後の殿堂入り3人を同時にコートに立たせるという、当時としては常識外れの起用でした。ダラスでは息子のドニー・ネルソンとともに、20歳のダーク・ノビツキーをヨーロッパから引き抜くことに成功し、スティーブ・ナッシュをリーグ屈指のポイントガードへと育て上げています。
そして2007年、ゴールデンステートに戻ったネルソンは「We Believe」ウォリアーズを率い、第1シードのマーベリックスを1回戦で撃破しました。7戦制のシリーズで第8シードが第1シードを破った、NBA史上初のケースです。最後の指揮となった2009-10シーズンには、ルーキーだったステフィン・カリーを指導しています。
優勝しなかった指揮官が、なぜリーグを作り変えたのか
ネルソンは1335勝で現役を退いた時点でNBA歴代1位でした。2位のレニー・ウィルケンズの1332勝との差はわずか3勝。この記録を約12年間守り続け、2022年3月にグレッグ・ポポビッチに更新されています。2012年にはネイスミス記念バスケットボール殿堂入りを果たし、2025年にはチャック・デイリー生涯功労賞も受賞しました。
ここで考えたいのは、優勝経験のないヘッドコーチがなぜこれほど語られるのかという点です。答えははっきりしていて、彼が「勝ち方」ではなく「バスケットボールの形そのもの」を変えたからだと考えています。ビッグマンをゴール下から引き剥がし、フォワードにボールを持たせ、走って打つ。当時は奇策と呼ばれた選択が、いまではリーグの標準になりました。優勝という結果でキャリアを測る物差しでは、この人の功績はどうしても測りきれません。
現ウォリアーズ指揮官のスティーブ・カーは「ドン・ネルソンは真の革新者であり、バスケットボールへの影響力は今日も感じられる」と語っています。この一言が、ネルソンという指揮官の位置づけを最も的確に表しているのではないでしょうか。
関連情報とこれから
ネルソンはミシガン州マスキーゴンに生まれ、イリノイ州ロックアイランドの高校を経てアイオワ大学でプレーしました。引退後はハワイのマウイ島で暮らしていました。バックス、マーベリックス、ウォリアーズの各球団はすでに追悼のメッセージを発表しており、2026-27シーズンには関係球団で何らかの追悼企画が行われる可能性があります。
なお2026年の殿堂入りクラスには、同じくオフェンスの常識を書き換えたマイク・ダントーニが名を連ねています。ネルソンが切り開いた道が、どのように受け継がれてきたのかを確かめる意味でも、この夏のバスケットボール史を振り返る価値は十分にあります。詳細はNBA公式サイトの記事をご覧ください。
引用:https://www.nba.com/news/don-nelson-second-winningest-nba-coach-who-won-5-titles-as-a-celtics-player-dies-at-86

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